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VOL. 72

上野中通商店街振興組合編
上野中通商店街振興組合
江戸時代の門前町を起源とする商店街

JR線・東京メトロ等が通る「上野」駅、JR線「御徒町」駅より徒歩約1~2分。飲食店や宝飾店など、約100店のお店が営業している活気ある商店街が、上野中通商店街です。振興組合として法人化したのは1965年(昭和40年)のことですが、商店が集積し始めたのは、江戸時代までさかのぼります。当時、天海僧正が徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、上野の山へ東叡山寛永寺を建立しました。比叡山延暦寺にならい不忍池は琵琶湖に見立てられ、本堂のほか清水寺を模した清水観音堂、根本中堂、山門(文殊楼)、釈迦堂などを造営。敷地内にはたくさんの桜の木を植えて参拝者が楽しめる場所にしたことで、多くの庶民が集まるようになり、自然と門前町が形成されていったそうです。ちなみに、幕末の上野戦争により、現在では敷地の大部分が上野恩賜公園になっています。
長い歴史のある商店街だけあって、江戸時代から呼ばれている横丁名が残っているのも特徴のひとつ。これらは、台東区の正式な区道名称として認定を受けています。
今回は、關観哉理事長、茅野雅弘副理事長に、組織の改革や第17回東京商店街グランプリの特別賞を受賞した、SNSコミュニティ「上野倶楽部」などについてお話を伺いました。

  • 上野中通商店街振興組合
    今回お話を伺った、關理事長(左)と茅野副理事長(右)。
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    不忍池の石碑。背景に広がるのは天海僧正が琵琶湖に見立てたという不忍池。
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    横町のひとつである、三枚橋横丁。三枚橋は、歌川広重や細田栄之の浮世絵にも描かれています。
時代の変化により、発展の要素を喪失

1883年(明治16年)に上野駅が開業。物流の拠点として大きな役割を担う駅となり、駅前の商店街はさらに多くの人でにぎわうようになります。また、明治政府は文明開化の名のもと、上野駅周辺に博物館や動物園、図書館、公園を建設。来街者はさらに増えて、文化や芸術の発信地としても有名な都市になりました。第二次世界大戦後は、集団就職の起点駅となり、年末の帰省時などは故郷へのお土産を買い求める人たちが商店街に押しかけていました。
時代が移り変わる中で、それぞれの発展要素とともに大きくなっていった上野中通商店街ですが、いつの日か発展の要素を失い、そこに追い打ちをかけるように新型コロナウイルス感染症の感染が拡大します。「コロナ禍の前は空き店舗はありませんでしたが、コロナ禍で主にナショナルチェーンが20店ほど撤退してしまったんです。でも、私たちのような、何代も前からここで商売している者は簡単にやめることはできません。もちろん、愛着のある上野をどうにかしたいという気持ちもありました」と茅野副理事長。そこで、上野の文化や歴史を生かしながら、次のステップへ進んでいこうという方針を固められたのだそうです。

上野中通商店街振興組合
平日の日中でも、人通りが絶えない商店街の様子。
これからのことを考えて、組織を見直しました

これからのことを考えた際に、まず取り組んだのが組織の見直しです。若返りをはかるために、当時36歳だった關さんを理事長へ抜擢。20名で構成されていた役員の人数を8名に絞り込み、その年代は30~50代としました。「20名いても、理事会に参加するのはわずかな人数でした。若くてやる気のある精鋭で構成し、実のある会にしたいと思いました」とのこと。そして、關理事長が副住職を務める「摩利支天徳大寺」なども絡めながら、最大の魅力である上野の文化や歴史を中心に、再建していくことになりました。

上野中通商店街振興組合
商店街内にある「摩利支天徳大寺」。境内に入ると目の前にJR線の線路が見えるという立地です。
第17回東京商店街グランプリの特別賞を受賞した、SNSコミュニティ「上野倶楽部」

今の時代、情報を広めるにはポスターやチラシだけでは事足りないと感じ、SNSを駆使して魅力を発信していこうとなったとのこと。しかし、SNSに関する知識が乏しい上に、店主が運営を担うには時間的にも困難な面がありました。そこで、学生のボランティア団体にコンタクトをとり、SNSコミュニティ「上野倶楽部」(公式サイト https://ueno-club.jp/)の運営をお願いすることにしたそうです。「学生にはお店や商品などの取材をお願いし、その記事をSNSで発信してもらっています。店舗を訪問した際には、若者の目線でアドバイスをしてもらったり、店主が気付いていなかった商品の魅力を引き出してもらったりすることもあります。この取り組みでオリジナル商品を開発して、開設したECショップで販売もしているんです。でも、これはあくまでもツールのひとつに過ぎません。情報を発信したことで、店舗と顧客、顧客同士の交流が生まれて商店街のファンができ、その先に色々な成果が見えてくると思います」。

上野中通商店街振興組合
店舗に訪問し、説明を受けるボランティアの学生たち。彼らは約40大学、300人ほどで構成される大規模なボランティア団体に属しています。卒業生が立ちあげて活動を行っている、NPO法人もあるとのことです。
戦前に行われていた「ゐの市」を現代版として復活

商店街のイベントとしては、お正月、5月、9月、11月の亥の日に、「ゐの市」を開催。これは戦前に行われていた縁日「ゐの市」を現代版として復活させたもので、各店が割引などを実施します。なぜ、ゐ(=イノシシ)なのかというと、摩利支天徳大寺の境内に祀られている摩利支天像が、猪の背に立っていることからです。
この「ゐの市」でも学生とのコラボ企画を実施。上野にキャンパスがある東京藝術大学の藝祭のタイミングに、上野倶楽部とのスペシャルコラボとして「藝願成就」というイベントを開催しています。このイベントでは、藝大生やOBがデザインした御祈祷済のオリジナル絵馬が数量限定で販売されるほか、藝大生OBによる摩利支天徳大寺本堂での奉納演舞などが繰り広げられます。
これからも学生と様々な企画を行っていきたいというお二人。「単なる飲食店が並ぶ商店街ではなく、訪れた人の思い出に残るような商店街になっていくことを目標にしたい」と力強く語ってくださいました。

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藝大生がデザインした絵馬。イノシシの勢いと斬新な色使いが印象的。
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